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特定の作業のその奥に。。。

ジョージ・マロリーさんが

「あなたは何故エベレストを目指すのか?」と聞かれ

「そこに山があるから」

と答えたのは有名な話。
これに対して深い名言というのが世の中の印象。

一方、世の中には様々な作業療法士が存在するが、仮に自分が作業療法士としてマロリーさんと接したならば、率直に「何故?」と思う。


最近自分がどのような時に真にクライエントと協業できたと感じるのだろうか?をよく考える。

クライエントは大切な作業に従事して、楽しそうに退院していった。OTに感謝して退院していった。しかし、本当に協業できたのだろうか?は常に自問自答です。自分には嘘はつけない。
作業の背景にあるものに耳を傾ける。それはどこまで行けば良いのだろう?

COPMやADOCをやってみる。
Aさん
・庭の手入れが好きでねぇ。昔からなんだよ。10年前にお友達にもらったバラをきれいに咲かすのが、これが私の生き甲斐なんだよ〜。

Bさん
・息子のことが大好きでね。息子に迷惑をかけられないから。。だから自分で下のことぐらいはしたいんだよ。

Cさん
・一家の大黒柱でやってきたんだ。だから、俺が仕事に戻らないと。。。

こういった話は心を揺り動かします。でも私は、こういった話でもまだ物足りず、表面的に感じてならないのです。そのクライエントの本質や魂に近づいていない気がしてならない。

私がよく例に出すのは自分の昔の話
趣味は
ギター、ドラム、カクテル作り。その背景には「女にモテたい」というものがある。いつもはここまでしか話さない。しかし、女にモテたいと思うには過去の生育歴、作業歴といったものから確立されている。私はその人をその人たらしめるもの。私はそれが知りたい。
そして、私の趣味は今ギターでもドラムでも、カクテル作りでもない。過去の作業が今したい作業とは限らない。その奥にある、自分を自分たらしめるものは経験や作業歴とともに変化し、現在の自分の意味のある作業を形成している。私はその人をその人たらしめているもの。それが知りたい。ついつい、スタッフにもそれを求めてしまう。それが難しいことはよくわかっているが、知ろうとしなければ何も始まらない

「ああだからこの人は、この作業がしたいんだ」というその人のバラバラなパーツいわばジグソーパズルのようなものが埋まった瞬間。クライエントに近づいた気がする。

仮にこういうことがあったとしよう。
自分のことは自分でしたいのでトイレを一人でできるようになりたい。
目標はトイレ自立。プッシャーあり、認知症、感情失禁あり。

上記申し送りから自分が代行で関わったとする。
トイレぐらいは1人で用が足せるようになりたい。それは何故だろう?と率直に思う。

トイレの練習をしながら彼は語るかもしれない。

自分は小さい頃から家族仲良かった。戦後で物がない頃から家族でものを分け合った。笑い声が絶えない家族だった。
兄貴は自分の出来が悪いから、いつも心配して面倒を見てくれた。
上京して自分がうまく行かないときも、みんなが上京して様子を見に来た。
そして、独り者の自分を色々心配してくれていた。それを疎ましく思ったこともあった。
自分は縁に恵まれず、結婚はできなかった。何となく、家族に対する後ろめたさは残っていた。
だけど、家族は唯一の心の拠り所で、遠く離れた北の地まで、2、3ヶ月に1回は定年してからも帰っていた。
そんな生活をしていて、今はこんな体になってしまった。
施設で暮らしていくことも頭に入れた。独り者だから。

実家で母と一緒に暮らしている兄貴夫婦が北の地の近くの病院へ移ってこいと言ってくれた。
こんなお荷物ばかりの自分を。
だから、この先は実家に外出、外泊することもあるだろうから、トイレぐらいは自分でできるようになって皆に迷惑をかけたくない。。。。。


彼はトイレを一人でできることがやりたいんじゃない。家族とのつながり、家族を大事にして、恩を返すそういう作業がしたいんだろう。これまでの彼の作業はその証となる。例えトイレが自立しなくとも彼には大切な作業がある。
彼の涙は感情失禁と捉えるのではなく、遠いふるさとと家族を思う涙。

特定の作業を超えて奥にあるものを共有できた時、協業したなと思えるかもしれない。
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