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どっちが先?

2カ月近く前、鎌倉先生との思ひ出話を書くと言って全然書いていない。
すいません。

そして今日も書きません(笑)。


最近部下の評価表を見ていて思うこと。。。


例えば
心身機能的に重度の方(身体および認知的?まあどちらでもいい)

ひげそりの練習をしています。
目標はひげそりの自立。

ひげそりができるようになって、そこから世界が広がる

ことを狙います。

元々きれい好きな人だったからです。

なるほど。


まあそういうことも文脈的にはあるかもしれません。
情報しだいですけど。

でも私は逆もあると思うんです。


ひげそりをする、元々きれい好きそれは何のため?


それはだれかに会うためかもしれない。
誰かに会い、何かをするのが楽しみでその為にきれいにしたいと思うのかもしれない。
きれいになるのはその前段階で真の目的でないのかもしれない。

他者と会い、話をするのに価値を置く人は、まず他者と会い、話をする機会を設けてみてもいいのかもしれない。
その作業を通して、過去の習慣であったひげそりをしよう。と良い作業のサイクルが回りだす可能性もある。


認知症ケア学会が開かれていて、当院のOTも発表しています。がんばれ。
クラフトと化粧を通してクライエントは社会に参加していった。
化粧は習慣であったが、あくまで通過点。他者との交流が目的。

まさに上記のことだと思います。

まあ順番的にはどちらが先もありうるとは思うのですが、重要であるのは何のためにするのか。
化粧やひげそりはどうだろう?

コンビニにもスーツで行くKingカズですら、家ではスウェットとからしいです。

しかし、よく考えてみたら発表者の考察微妙に違ったな(笑)。帰ってきたらアドバイスしよう。

それは作業療法か?

クソ忙しいのに息子がうるさくて仕事にならない。
しかし、家庭は良いものだ。


久しぶりに更新します。

OTは機能訓練じゃなくて、作業だよね。

だから塗り絵をします。

「それは作業ですか?」

塗り絵のような活動を、OTではActivityとか手工芸とか、クラフトなどと言います。
どれも定義があいまいですが、ここではクラフトと呼ぶことにします。

いくつかある中でこれやりたい。
だから塗り絵をする。

・折り紙をしましょう
・紙細工を作りましょう
・カレンダーを作りましょう
・認知症重度だから習字の集団に入りました。

傍から見ているとOTと一般的に思われるかもしれません。

しかし、これは作業療法でしょうか?

ただ単に与えるだけなら別に作業の専門職である作業療法士が関わる必要は全くない。

そして、これは目的を持たない(PTと類似した)機能訓練をやることと作業的意味合い的には全く変わらない。どっちもどっちだ。または、文脈を重要視して行っている機能訓練をやるほうが10万倍良いと思う。

私の亡くなった認知症の祖母は見舞いに行った特養で習字をやらされていました。
無表情でした。笑っていたのはスタッフでした。
祖母が習字が好きだったと聞いたことはありません。


私たちは専門職です。

この塗り絵は何のために行われるのか?
クライエントがどういう方で、どういう文脈でやりたいと思っているのか?
または、クライエントの生活にはどういう問題があり、それにはこの作業の特性がどのように有用であるのか?
その戦略が花開き、どうクライエントの生活が変わったのか、結果を出す。

見当識が悪いから季節の物を作ります。
人生はそんな単純なものでしょうか?


ただ与える人からプロフェッションとしてのOTが展開される必要がある。

ただ表面的な作業を与えるという手工芸の使い方は終わりにしよう。
プロとしての視点と技術を。

もう一度、「それは作業療法ですか?」

OTを展開する時期

今のOTの世界(医療の世界?)では、急性期、回復期、維持期(終末期)と分かれていると思います。

もう10年弱前になるかなぁ。。
作業に焦点を当てることこそが作業療法の本質であり、クライエントを幸せにできる。と気付いたころ。

急性期は機能維持と改善に焦点を当てる。
回復期で作業に焦点を当てる。
維持期でまた機能(維持)に焦点を当てる。

それぞれの時期でやっていることが良い悪いは別として、これっておかしくねーか?と思いました。当時、医療サービスのおかしさを痛感しました。こういった場合の多くはクライエントが置き去りにされている感があります。
もちろん申し送りとかサマリーとかも送りますよね。しかし、十二分には連携できていない感がある。それは何なのか、原因はそれぞれのセラピストや施設の作業療法に対する考え方だと思う。突き詰めれば作業療法の定義の曖昧さを表していると思う。

急性期ではOTは立位バランス、と座位バランスと上肢機能の練習をしてきました。目的は不明です。
回復期ではOTはトイレの練習をしました。趣味の盆栽をいじるため、利き手交換の練習をしました。家族と一緒に外出する練習をしました。
維持期ではOTは手の拘縮を予防することと立位練習を2年間継続してきています。
しかし残念ながらこの人は大好きだった盆栽はできませんでした。環境が合わなかったのです。
こんなようなことが日常茶飯事に起きていると思います。訪問に行ってつくづく思います。

私が5年目ぐらいの時ある勉強会で有名なOTの方が講演されていました。そこで、このような事態についておかしくないですか?って質問したら、「いろんなOTが経験できていいんじゃないですか?」とおっしゃっていた。心の中では「いやおかしいだろ」と思ってた。この大御所の先生は非常に優しくていい先生ですよ。
ちなみに余談だがその大御所はCOPMをされていて、一番優先したい作業を「歩きたい」として、話の内容には文脈も何もなかったので、「それは作業じゃないですよね」と質問したら怒ってた(笑)。そりゃいかるわ。今でもおれのほうが正しいと思っているが(笑)。私も若気の至りですね。

私は若輩者ですが一応急性期から終末期まで少しですが経験した立場から個人的な見解を言わせていただくと

急性期の利点は何でしょうか?急性期から作業に焦点を当てることは困難と思っていました。
以前の記事にも書きましたが、私の先輩は急性期から作業に焦点を当てていました。
「いや大変じゃないよ。だって初めに受けるOTが自分なんだもん。機能に焦点を当てたら、次が困るでしょ」
そうなんです。急性期の利点は多くの人が作業療法を初めて受けるということです。初めてのパートナーが急性期なんです。
回復期の利点は何でしょうか?回復期とは人生の回復の時期です。しかも時間的にも最も長く多くかかわれる時期です。その方の文脈を探り、生活を見据え、新しい人生に向けて作業療法を展開することができます。ここで長くセラピストとかかわることでOT像が確実なものになると思います。手の練習をしていれば、維持期でも手の練習をするものだと思われるでしょう。歩く練習をすれば、歩く練習をするものだと思うでしょう。自分名好きな作業に焦点を当てるパートナーであったら、維持期でもそれを期待されるでしょう。
維持期の利点は何でしょうか?私は川下ということが考えられると思います。最終的に長く、継続してクライエントと関わることができる。一回に密に個人的にかかわる時間は状況により少ないかもしれませんが、少なくとも他の時期と比べて継続的に長くかかわれるからこそできることもあると思います。

時期という特色はあるとは思います。しかし、時期というものにそんなにこだわる必要もないとも思っています。それは作業療法の共通点があると思っているからです。それは作業だと自分は思っています。しかし、それぞれの時期でそれぞれが別々の方向を向いてしまったら共通点がなくなってしまう。機能練習をやるにしても、作業に焦点を当ててほしい。その共通点もなく、それぞれが好き勝手にやってしまえば私はクライエントにとってこんな不幸なことはないと思います。5年ぐらい前にある手技の勉強会に出ました。園芸が趣味で楽しんでデイケアに笑顔で通っていらっしゃる方がいらっしゃいました。その方は片麻痺で、片方の手が痙縮が起きていたようです。それも気にせずに毎日楽しく生きていた。OTは「あなたそんな手になっているのに何故気付かないんだ」とそのOTは機能練習を一生懸命しました。3か月後機能は回復しませんでしたが、そのクライエントは手に気づくようになり、「先生手の練習をして下さい」というようになりました。という話でした。これを聞いた際に私は血の気が引いたのを今でも鮮明に覚えています。そして、この手技が泣いているなとも思いました。機能練習や手技とはそんなためにあるんじゃない。OTはそんなために存在するんじゃないよ。

ご存じのようにウチの病院では作業に焦点を当ててやっています。急性期の多くは主にボトムアップもしくはボトムステイをやってきています。そこから転院され、作業に焦点を当て、共有していきます。そこからクライエントの幸せを準備し、実現するために訪問リハへ行きます。訪問すると大抵実現できないでいます。それを訪問で作業の可能化へ導く最終調整をするのです。これは同事業所だから楽にできることです。
冒頭の勉強会参加のころから日本全国の作業療法がこのような形になれば、素敵だなと思っていました。
少なくとも昔よりは実現に近づいていると思います。微力ながら更に邁進していきたいなと思います。

船はどこへ向かうのか。。。

ブログにも書いたとおり、先週末、生活行為マネジメントの研修会に参加してきました。
各都道府県士会からも2名ずつ参加したようです。

要するに生活行為マネジメントを広めましょうということ。

私は一般参加でしたが。。

これは何を意味するのか?

生活行為マネジメントとは何か?
生活行為マネジメントとは簡単にいえば

「作業に焦点を当てましょう」

ということのようです。このままじゃ作業療法はおかしいままだと上のほうのOTの先輩たちが考えたようです。

従って、この一連の動きは

「作業に焦点を当てた作業療法をしましょう。OT協会はそれを推奨する」
ということなんです。

これは私個人的には非常にすばらしいことで、追い風だと思っています。

今までの我が国の作業療法は、舵の壊れた船のようなものだったと思います。
みんなが好きなことをやって、その時の風に吹かれて北行ったり、南行ったり、東行ったり。。。。
結果、厚労省からは対して認められず。。

OT協会は新しく舵を新調して

「よしみんな南へ行こう!」

と訴えているような気がします。

自分がやっている(やろうとしている)方向と生活行為マネジメントが全く同じ方向ではありません。
私は南南西、マネジメントは南南東とかそういった感じだと思います。でも北と南といったように全く違う方向に行くより全くましだと思う。

侍さんや琉球さんとも話していましたが、まずはおおざっぱでもよいので

おおよそ南!

でいいような気がします。
今までバラバラだった目的地が少しでも明確になれば、アイデンティティを確立できないでいる集団が団結できる。それは確実にクライエントに対して良結果を生むであろうと思います。

しかし、問題は山積。

これからが見ものです。

理想の作業療法はどこにあるのか?

久しぶりに実習生を担当しています。
もともと担当するはずだったSVの仕事量調節のためです。
もう学生を担当することはないかなぁと思っていたので、ちょっと嬉しいです。

実習から帰ると学校ではボトムアップの事例報告のオンパレードらしいです。
まあびっくりしません。

びっくりしないということは悲しいことですが、驚きはしない。

それが現実なんですね。

自分が初めてSVをやらせて頂いた時は、トップダウンに目覚めかけたとき。

しかし、通例どおりボトムアップで指導していた。
指導しながら、自分がよくわかっていないことに気がついた。
わからないことは統合と解釈のつじつまが合わないことだった。

まずはROM、MMTの書き方で、文脈も探らず、それを統合し、解釈するのは難しいと思った。

次はトップダウン(もどき)で指導してみた。
作業に焦点を当てることで、前のような解釈のむずかしさが無くなった。
これは今から10年近く前の話。

トップダウンをやろうとしていると、理想の作業療法はどこにあるのか?と思った。
あるのであれば見てみたいと思った。
でもどこにあるかわからなかった。
海外に行けばあるかと思った。
USC(南カリフォルニア大学)に見学に行った際、胸を高鳴らせた。どんなOTが展開されているのかと思った。
Life style Re-designのクリニックを見学した。日本でできるかどうかは別としてスタイリッシュで素晴らしいと思った。一方、御膝元の大学病院OT室は日本でよく見るスタイルと何も変わっていなくて愕然とする表情を隠すのに精いっぱいだった。
どこでもやっていないなら自分でやるしかねぇなあと少し思った。
ウチの病院がそうかというとまだまだトップダウンとは言えないね。

これぞ作業療法!と皆が思うような報告、論文は大概作業に焦点を当てている。
これぞ作業療法!と皆が思うような報告は、よく言われる「メンタル面を重視しなきゃね」といった簡単な言葉で片付けられないと思うんだが、よく知らない人はよくメンタル面とかよく使うように思う。

作業に焦点を当てる人はまだ少数なのかもしれない。
一度でも体験すれば素晴らしいものだと気づくと思うんだけどね。

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